上越への旅

年末、かつて3年暮らした新潟県の上越へ行くことになった。学友と恩師を囲んで旧交を温める会は、コロナを挟んでもう6年も行われていないのだった。

折しも上越地方に大雪の予報が出ており、クルマで向かうことを断念。スローな電車旅をあえて楽しんでみようと思う。冬の旅は荷物が多くなりがちだけれど、バックパックひとつだけでまとめて、身軽に動けるように。途中下車で駅の周囲を散策することもあろう。それに新しく買ったばかりのバックパックを早く使いたかったのだ。

上諏訪駅で最初の乗り換え。昼食をここでとろうと思っていたが、年末ゆえお店がほとんどやっていない。これは参ったとぐるぐる周ってみるが、どこもやっていない。困っていたらたまたまクラフトビールという文字に行き当たる。外観からはどんな店かわからないが、ビール一杯とポテトでもつまめれば御の字と入る。

有頂天醸造なるタップルームに客は一人もおらず、さみしい気持ちもしたけれど雰囲気はいい。「ストームキング」なるビールとワカモレチップスをいただく。美味い。これは最高の乗り換え待ちではないか。旅の出だしは上々だ。

長野駅までは在来線で乗換なしの2時間。私は電車に長時間乗っていることが苦にならないので、本を読んだり、うとうとしたり、音楽を聴いたりして過ごす。思ったよりも乗客が多く、車窓を流れる景色をぼうっと見ていたいのだが、今日び景色をただ見ているだけというのは不審でもある。向かい側の人と目が合うし。

長野駅に至ると、帰省の途についている人たちが多く目につく。長野へ帰って来る者もいれば、長野から帰る者もいるのだろう。改札では出迎えの歓声が挙がったりして、心温まる。

夕方に上越妙高駅に降り立つと、暗がりの中だけれど雪に埋もれているのがわかる。上越の風景である。かつては脇野田という、ひなびた駅だったこの場所も田舎にありがちな没個性的な新幹線駅になってしまった。そんなことも、お土産物屋に併設している小さな食堂の名前が「わきのだ亭」となっていたから思い出す。

目指す城下町・高田まではさらにこの駅から第3セクターに乗り換えて行く。

夏の終わりに上越に滞在したことがあり、その際に立ち寄ったクラフトビールのバーに再び赴く。会が始まるまで小一時間あるから、本日2杯目ではあるが良しとする。正しく地ビールを味わおう。オタマブルーイングのMagic Time IPA。

先日来た時には空いていたバーも、年末のこの日は結構なにぎわいで、誰もいなかった4人がけのカウンターも気づけばいっぱいになっていた。旅人の気安さで、隣人に話しかければよかったと悔やむのは、性格的にいつものことである。

恩師と旧友の集いは、6年ぶりということもあってか、あるいは新潟の美食と美酒を囲んでいるからか和やかに温かく過ぎていった。彼らは自分が人生のある段階で扉を閉じた生き方を全うしている。もし自分が同じ生き方を選んだとして、その場合には今日この場所にはいなかったかもしれない、とも思った。

新潟の記憶は常に痛飲とともにあるのだが、翌朝にカメラの写真を見返して覚えのないものが出てくるのもまた常である。ほろ酔いの帰路、きっと川の流れの反射が綺麗だとか思ったんだろう。これもまた写真の常だけれど、その時の美しさの印象とは写り込まないものだ。

翌朝はびしゃびしゃの雪が強く降っていた。朝食を食べる場所もなく、コーヒーを飲めるカフェもなく、ひたすらに駅の寒い待合室でじっと電車を待つ。

乗換駅の上越妙高駅もやたら寒く、そして空腹なので「わきのだ亭」に入る。二日酔いの身には冷たいおそばしか受け付けず、それなりに美味しく食べたが、すっかり体が冷えてしまったので、もう一杯、今度はカレーうどんを注文した。一回の食事でそばとうどんを注文したのは人生で初めてかもしれない。それも、冷たいのと温かいのを。秩序がない。

上越妙高から新幹線でたったの20分。長野駅にはすっかり晴れていて、どこにも雪など無いのだった。駅前広場で長靴を履いているのは私だけである。今朝までの光景がもう遠い世界のように思われる。

自宅に帰り、夕日が南アルプスに落ちていくのを眺めながら、今もあの街には湿った雪が降り続いているのだろうかと思ったりした。