シクロクロスレース、やっぱりいい

土地勘のない場所、太陽はさっきようやく出てきたところ。google mapを頼りに目的地へ近づいていくと曲がり角に立っている人がいる。だいたいの場合、自身もサイクリストであろう物腰の柔らかい人がここから入ってくださいと教えてくれる。そろりそろりとクルマで細い道へ入っていくと、河川敷にはコーステープが張り巡らされ、気の早い人たちはもうその中を走っている。それを見て、にわかに気持ちが高ぶるのがわかる。シクロクロスの日、それも初めての会場へ入る時というのは、どうしてこんな気持ちになるのだろう。

ここ数年、ひと冬に10回ほどはシクロクロスの会場へ赴いているのだが、毎回それはMCか取材で行く場所であって、自分がレースを出場するためだけに行くというのは、いつ以来なのか記憶にない。だから、伊豆の国シクロクロスの会場に少し遅れて入ったときには、各地を転戦していたころの懐かしい気持ちが蘇ってきたのだった。

会場にはたくさんのクルマが停まっているが人気はほとんどなく、駐車場は大変に静かだった。というのも、今は貴重な朝の試走時間。誰も彼もが、コースを確かめに出払っているのだ。試走時間の残り20分ほどで会場に入った僕は、急ぎ支度を整えて、とりあえずコースへ向かう。たぶん2周くらいはできるだろう。土手から見下ろせる伊豆の国のコースには、たくさんのライダーたちが走っていて、出展ブースは開店準備中。いかにもレースの朝という感じだ。自分がMCをやるレースだと、打ち合わせとか段取り確認とかでゆとりを持てない朝だが、コースの中には、これからレースを走るんだというライダーたちのやる気と気概がちょっとした緊張感となって漂っており、遅れて試走に入った僕もそれに当てられて、やる気が増す。

前夜一緒にストラーデ・ビアンケの実況をした啓兄とは、25:30にスタジオを出るところで「じゃあ、明日」と言って別れたのだった。お互いにどこかのSAで車中泊して、会場へとやってきた。なかなかの強行日程だが、朝イチのレースに出る啓兄はさらに早く会場入りを果たしていて、相変わらずのタフさである。しかし深夜に自転車レースを観ながらああでもないこうでもないと話をし、数時間後には自分のレースを走るとは自転車好きにも程がある。

しかし、仲間や知人が走っているレースをやんやと野次を飛ばしながら観るのは楽しいものだ。この数年は関東のレースにもプロ観客のような、賑やかしのスペシャリストが増えて、寒空の下で寒々しいレースというかつてのシクロクロス的風景は見られない。それに、出場選手に関してもマスターズの賑わいとともに、一般カテゴリーには若い選手も増えていて、中年の域に達した自分としてはとても健全に見える。やっぱり若い人たちが、楽しそうに自転車に乗っている光景はいいものだ。

若い選手ということだと、昨今は国内のトップ選手にも副島達海や柚木伸元といった若手の台頭が目立つ。そのこと自体がとても喜ばしいのだけど、とてもフレンドリーな彼らは、いま10代の選手たちにとって接しやすい存在で、インスピレーションの元になっているのだという。ME3で圧勝した中学3年生の矢野柊は、憧れの存在を近くに感じることのできるシクロクロスレースを今冬たくさん走った。若い選手がさらにより若い選手たちにとってのロールモデルとなっているのは、健全以外の何物でもない。

さて、自分のレースである。誰にも成績を期待されない、一介のライダーであるというのに、それでもいっちょ前にスタート前に緊張するのはなぜなのか。逃げ出したくなるようなこのスタートの雰囲気も、どこか中毒性があることは、レースが終わってから思い出した。

ただ、この日は別の事情もあった。何人かのME2ライダーが、「ユフタ君、残留ラインの下にいるよ」とこの数日で教えてくれていたのだ。昨年は2レースで難なく残留できていたし、今年もME2は275位以上が残留条件と聞いて、そんなに選手もいないだろうとタカを括っていたのだったが……。毎週日本の何処かで行われていたレースは当然ME2に多くの選手を送り出していて、シーズン最終盤には300人まで膨れ上がっていた。

そんなわけで、全体の半分くらいの順位でフィニッシュしないと残留が危ういという、個人的な戦いを胸にスタートを切った。ここまで切羽詰まって無くても、参加する全てのライダーに、それぞれの走る理由と胸に期するものがある。もっと切羽詰まった選手も、きっといるのだろうが。

号砲、序盤のもみくちゃ、渋滞、気づけば4つ先のコーナーを曲がっている先頭の選手。前に出たいのだけどなまじ出ようとすると敵も意地を見せて抜かせてくれない。そうだ、これぞ1周目、これぞシクロクロス。多少渋滞が解消された2周目は、抜けるところで抜く走りをしているとたちまちに心臓が苦しくなる。3周目はペース維持。頭の中ではリカバリー、リカバリー、リカバリーと念仏のように唱えながら回復を待つ。4周目くらいになってくるとメカトラや、眼の前で転ぶ選手が増えてくる。ひとつひとつ冷静にかわせているうちは、うまく走れていると言っていいだろう。

5周目、しかし好事魔多し。

前戦でもタイムを落としたチェーン落ち。今回はスタビライザーをONにしたけれど、荒れた路面に耐えきれず落としてしまった。なるべくチェーンにテンションをかけるように心がけたつもりだったけれど、終盤の疲れてくる時間帯、ペダリングをサボったのが仇となる。6周目、せめて少しでも取り返そうと踏み直す。まだ踏もうと思えるメンタルを保てているのはいいサイン。それにしてもこの日はJ Sports効果か(?)コース沿道から応援が多く、温かい野次も含めて嬉しい。MCのオッチーも気を遣っていろいろ触れてくれる。ありがたい話だ。最終周は最後もつれたが、スピードの出ないスプリントでもがいてフィニッシュ。

チェーン落ちは悔やまれるが、悔やむところのないレースなんてシーズン中でも数えるほどしかないし、それは何戦も出場を重ねるうちに味わうものでもあるので、今季2戦目では高望みというものだろう。自分の中ではちゃんと苦しい時間帯を経てちゃんと無事にフィニッシュできた、それだけで満足だ。おそらくは、この日の結果で残留はできそうなことだし上出来。しばらくは最後尾スタートになるのだろうけど。いつか表彰台争いに絡みたいが、まだまだ時間が必要……。

***

少し痛む足のままベッドに入って、眠りに落ちるわずかな時間に、今日のレースの場面がフラッシュバックする。ああすればよかった、がたくさん浮かんでくるが、しかし心地よい疲労感がそれを肯定してしまう。そうそう、シクロクロスの夜はいつもこんな感じだったな。幸せなことじゃないか……zzz 

また来シーズン。


photo by @keitsuji