ツールド日本海2017

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日没後の闇と、明け方一歩手前の闇がひと続きのものだなんて、とうてい信じられないのだった。

たどり着いた日本海は見えず、波の音と湿った潮風に海を感じる。ここまで284km。よく走った。人生で圧倒的に最長の距離だった。もう15年も自転車に乗っているけれど、1週間としてもこんなに乗ったことはそう多くないかもしれない。

名前ばかりは聞いていたツールド日本海。サイクルハウスミカミのクラブ最大のイベントで、お店のある埼玉県飯能市から日本海までを、1日で走るというもの。八ヶ岳山麓に住んでいることを理由に走らないできたけれど、昨夏に飯能に越してきて、目指す場所が酸いも甘い(甘い思い出は無かったか…)も経験した上越の海とあれば、行かない理由は無かった。とはいえ、行くのには勇気が要った。

280kmなんて、走ったことない。ブルベの猛者の勲章とか、旅としか形容できないエピックなライドがiphoneのスクリーンの中に日々流れてきてはため息をつかせてくれるのだけど、どうしてもそれが自分ごとだとは思えないのだった。折しも #ccjp が200マイルライドとかよくわからん企画に嬉々としていたのを見ていたので、尚更自分のジャンルじゃないと今度は憂いのため息をつく。

そんな弱気が息をしているような自分にも、昨夏からのポジティブな変化があった。

週末が楽しみで楽しみで、それはもう楽しみでしょうがないのだ。自転車に乗れることが本当に楽しく、嬉しく、気持ちがよい。平日の満員電車の中、請求書の処理に追われる月末、体調不良の早寝の夜、茫漠と思う。あぁ自転車乗りてぇと。あの加速していく速度感。ぎゅっとエアロポジションに体をねじ込む感覚、いつかの最高のライドの後で飲んだビールの味などを。それは決まって、トスカーナのカフェでやった一杯なのだけど。ヨーロッパかぶれだね!

ちょっとの勇気を出して、5月末の冒険に出ることを決めたら、もうワクワクしかなかった。

***

自分が距離をどれだけこなせるかはわからないので、早春から少しずつマイルを貯めていく。通勤で50km。案外都心も走りやすくて驚いた。GWにはSKRKの京都〜福井ライドで200km。これはただ最高だった。1週間前には仕上げに Cycleclub 3up の面々と奥多摩へ160km。この過程でバイクのポジションも合ってきて、乗るのがどんどん楽しくなる好循環。日本海、どんと来たまえ!

……と慣れない強気っぷりを発揮したせいか奥多摩ライド後体調が急変。発熱で会社を休む事態に(社会人としてどうなのかとか言わないで)。結局治らないまま、当日になってしまった。咳き込んで眠れない日々が続いていて、いつもの弱気になっていたけれど、スタート直前になって「体調悪いんでやめます」なんて格好悪い。けど本気で言いかけた外は雨。雨!?

慌てて雨具を準備して、スタート地点へ。わずか5分ほどでもう爪先はしっかり濡れた。これはタフなライドになりそうだ。この前日、まさにこのスタート地点で手榴弾騒ぎ(なんて物騒な字面)がニュースを騒がせたりして、波乱の兆候はあった……。

ここまで来たら、もう走ることだけを考える。よくグランツールで有力選手が体調を崩した時に言う「走りながら調子を上げていく」ってやつをやるのだ。毎回それを聞くたび、???って思っていたのだけど、いざ自分がそうなってみると、、、ますますわからん。なんじゃそら。

雨だし、3時半だし、暗いし、この6人で走るのは初めてだし、でコンサバな入り。とはいえ、先日の奥多摩ライドでランデブーしたキャプテンの小島さんが引いてくれる。心強い。

3時半出発、284km、4538mUPに挑む旅の仲間は次の面々。

小島さん:キャプテンにして日本海のベテラン。頼れるダンディ。
根本さん:CXでは同じカテゴリで走るライバル。とはいえロードで一緒に走るのは初めて。
市村さん:やはりベテラン。走りに安定した強さがある。
綾野さん:CW編集長にして、いろんなことのワタクシの師匠的存在。
山下さん:走りにいかない週末は無いのでは!?ってくらい走ってるバリバリのライダー。

なんだかんだ初めてじゃ無い面々でほっとするも、雨のせいで会話もままならず黙々と夜の道を走る。20kmそこらしか走っていなくても、サングラスの水滴の乱反射と、対向車のヘッドライトに照らされた雨と、前走者の跳ね上げる水しぶきしかこの世には存在しないのだと思わされる。ほぼ無。

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photo: Yoshiyuki Tsukamoto/Maki Osawa

そんな中ひとつの絶叫が。40kmを行かないところで根本さんがブレーキのトラブルでリタイヤ。こんな離脱は本人が一番不本意だろうが、一緒に走れるのを楽しみにしていたので自分もかなり残念だった。なんとなく、最後の峠では根本さんと撃ち合いになるかな……と思っていただけに。

全然、グランツールのレーサーなんかじゃない。しかもグループも全員で走るのは今日が初めてというある意味で即席のチーム。それでも一人を失った喪失感は走り出してから大きく感じられて、それはローテーションの順が早く回ってくるからということではなくて、単純に6人編成でスタートしたひとまとまりが小さく感じられるということに起因するのだった。こういう時に士気を高める走りだったり、ジョークのひとつでも言えるキャラクター性が欲しい。ライダーの強さのひとつは、そんなところにもあるのだから。

100km地点の倉渕村でようやく雨が上がり、水を吸ったジャケットを脱ぐ。着てきたのはHardshell Jacket。風邪で寒気がしたので、とにかく体を冷やさないようにと真冬用のジャケットを持ち出した。そんなジャケットを着てこられるのも、道中のサポートカーのフルサポートがあったから。こんな至れり尽くせりなライドをしたことがなかったので恐縮するも、せっかくの機会、着替えながら走るという贅沢を味わうことにしたのだった。Overshoesのおかげでシューズの浸水もある程度は防いでくれたので、ソックスを履き替えるだけでもだいぶリフレッシュする。

雨に濡れたジャケットやシューズカバーをわざわざ乾かしてくれるサポートの面々。本当に感謝しかないです。というか、この手厚さに対しどうお返しをしたらよいものやら……。

頼れるサポートの面々。

塚本さん:高校生の時からお世話になっているダッド。ひさびさに同じフィールドにいられてそれだけで嬉しかった。
天野さん:冷静沈着、時に的を得た鋭い発言で熱いサポートをしていただく。骨折からの回復明け。
まきちゃん:後で聞いたら平成生まれ(!)のうら若き乙女。この場にいるということは物好きなんだろう。
根本さん:ライダー転じてサポートに。乗れない体力がサポートの動きの良さに活かされていました 笑

本当にこの面々の助けのおかげで走り切れたのでした……。

倉渕(あんまり関係ないけれど、このライドの後にニュースでここのことをやっていて目をひいた)からこの日の最高地点、渋峠へ。日も登り始め、少しずつ暑くなるなか標高を淡々と稼いでいく。尻焼温泉という河原の温泉の話などをしつつ。

way to Shibu pass. #TDN2017

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初めて登った渋峠は、景色が雄大で感動した。登るにつれ硫黄の匂いが強くなることや、高地ならではの素気ない植生。ちょっとヨーロッパっぽい。相変わらず咳は出るけれど、足はよく回る今日。リズムを乱さず登る。この頃になると後発組から合流した奥村さんと清村くんがペースが合うので一緒に登る。

噂の雪壁、さすがに少なくなってはいたものの眼福を愉しんで、国道の日本最高標高地点へ。高いところというのは、なんだって気持ちのいいものだ。馬鹿ほど高いところに登りたがるという大昔の格言もありますが、そこにはある種の敬意が込められていると感じはしませんかねぇ。感じない?アアソウデスカ……。

Shibu pass. 雪壁を走るとジロの選手になった気分。 #TDN2017

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下りきって湯田中へ出たのが定刻をだいぶ過ぎてから。足に余裕があるからと関田峠に固執したのが、今回の一番のミスだった。アプローチの飯山は、毎年のようにシクロクロスで訪れている地。カレンダーの正反対のところにある全日本選手権を思い出し、気分が高揚し萎縮もする。今年は全日本を走れるだろうか……。

関田峠は最終盤のまさに山場。標高1000m越えで、雪が所々に残る。このあたりの冬は、さぞかし雪深いだろう。コンクリートのひび割れに雪国を思い出しながら、プッシュしていく。体の疲労と精神の昂りがいい感じにミックスされ、気持ちいい苦しみでテンポを刻む。山頂は霧に包まれていた。あまりに寒くて、先回りしていたサポートカーの中に避難させてもらう。ベースレイヤーを着替えても、この寒さ。今日をサポートカー無しで走るならどんなウェアのレイヤリングが正解だっただろうかと思いを巡らせる。250km、12時間を超えるライドになるとどこかでトレードオフを強いられるだろう。しかもこれだけ山岳を登り下りするのだから。

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苦しんだ関田峠の下りに、ご褒美があった。

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眼下に広がる、目を疑うような黄金の景色。あまりに煌々としていて、非現実的で、それが何なのか、時速50km/hの下りの最中とっさにはわからなかったけれど、ただ美しかった。厚い雲の切れ間から差し込む夕日が、上越の田園を照らしていたのだった。

3年間、この地に住んだことがあるけれど、こんなに美しい表情をこの街が持っているだなんて知らなかった。この日、ここでサドルの上にいたからこそ見ることのできた風景。走ってきた道のりの長さが、共に走る仲間が同じ景色を見ていることが、余計に心に沁みたのだとおもう。

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ただし、この時間にここを走った代償は大きかった。「日没までに日本海へたどり着く」のが絶対のルールであったツールド日本海。ここで夕日を見ているということは、30km先の日本海には夜の帳が下りてからの到着となることは必須。

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そして事実そうなった。

辿り着いた日本海は闇の中で、沈んだ太陽の残滓が水平線におぼろげに明滅しているだけ。この闇が、今日旅を始めたあの漆黒の夜へと続いているなんて、とうてい信じられないのだった。1日が、こんなにも短いものだなんて。

日没との争いに敗れた僕たちは、夕日を前の時間帯スタート組の面々と分かち合うという、このイベントでいちばんのハイライトを逃したのだった。あの関田峠で見た美しさを、ライドの最後にみんなで見ることができたなら。それは初めて参加した自分には未だ知りえない喜びであり、来年そのためにどんな走りができるか、宿題にもなった。

酸いも甘いも(いや、甘いはなかったか)知り尽くした上越の夜は、1時間遅れの宴会と、シーサイドのカラオケスナックと、午前0時の醤油ラーメンで更けていったのだった。来年も、ここでラーメンをすすっていたい。

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ひとりでは一生走らなかったであろう284km、4,500mUPを走ることができて、ひとつサイクリストとしての引き出しが増えたと実感。これで220kmのライドとか、もう臆することは何もなくなったわけで(ほんとか?)。改めて、ツールド日本海に携わったみなさま、班は違えど一緒に走ったみなさま、おかげで極上の快適さで走らせてもらったサポートのみなさま、バイタリティと強い意志でイベントを主催し続ける三上さんに、末筆ながら深い感謝の気持ちを。本当にありがとうございました。

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後日、苦楽を共にした面々で卓を囲んだ夜も素晴らしく楽しく、人とのつながりの尊さを深く感じたのでした。

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