できすぎトンジギデビュー メバチ54kg

和歌山での3日間の自転車旅ロケを終えて、早朝4時、御坊で啓兄に拾ってもらう。せっかく関西に来るならと大好きなSLJを予定していたのだが、紀伊半島の西側の風が思わしくなく、串本なら船が出られるとのことで、一路南へ。SLJが、人生初のトンジギとなった。人生初のマグロ釣りである。

マグロという魚は簡単に釣れるものではないことはわかっている。なんといっても、うおつり丸グループの2人はよくマグロを釣りに行っては寂しい釣果報告を昨年重ねていたから、すっかり釣れないものだと脳みそに刷り込まれている。それに道具立ても、他の釣りには使えないような剛健で悪く言えば大げさなもので、ライトタックルでの釣りが好きな自分としては、いつも釣っている魚がトンジギで使うメタルジグと同じ重さという塩梅なのであるから、それは尻込みもするというものだ。

そんなごつい道具立てを自転車旅に持ち込めるはずもなく、タックルはすべて啓兄に借りることにする。思えば数年前にSLJを始めるときも、最初は道具を全部借りたのだった。

釣れないものだと決めてかかっているので、気は楽である。一方でこのところマグロが貧果に終わっている啓兄は少し浮足立っている。温度差よ。

とはいえ自分だって何の期待もしていないわけではない。とりあえず釣り方は一通り調べて、とにかく適切なタナに落とすこと。ラインの角度を勘案して今水深いくつのところにジグが落ちているかを徹底して意識することが重要なのだということは学んだ。あとは、重いジグをひたすらしゃくる体力勝負であることも。まぁ自分のジャンルではないことは確かだ。

前日にそこかしこ走り回った串本へと戻ってきた。まだ暗がりだ。今回の船は悠真丸さん。啓兄も何度もお世話になっているという。とにかくここの船長さんが優しく、気配りの細やかな方で初心者の私も楽しんで釣りをすることができた。

釣り船というものにはたいがい常連さんがいるものだが、誰しもが手練感がすごく、曲者感もすごい。あと喫煙量もすごい。平日の早朝にマグロを釣ろうというのだから、数奇者であることは間違いない。

船はほどなくしてポイントに着く。この日は奇跡的な凪。250gのウロコジグを投入する。タナは40-50mくらいとのこと。幸いなことに、先日のうおつり丸でも200g近くのジグを使っていたため、そんなに違和感はない。タックルも頑丈そうで、最初のシャクリを入れても余裕な感じ。むしろ潮馴染みがいいような感覚。ジグもそんなに潮で流れていかないし。タナも浅いし、これはなんとかなるかもしれない。

? …………!!

その刹那に一気に釣り竿がひったくられる。もはや暴力的ですらあるその引きに、一気に目が覚める。かかった! それも船中で一番最初のヒットだ。すると、自分の近隣の2名も同時にかかった! 群れにうまくあたったらしい。一気に船上が色めき立つ。

それにしてもあまりに重い。これまでに経験したことのない引きの強さに、まったく上げられる気がしない。竿を握って引きに耐えているだけで冬の朝だというのに汗がにじみ出てきて、朦朧としてくる。握力がもたない。最初こそ嬉しい気持ちもあったが、中盤からはただ苦行である。もう止めたいという気持ちと、上がった後の達成感を先んじて想像して、頑張ろうと己に言い聞かせる。しかし腕はあっというまに限界である。

結局30分以上をかけて、そして優しい船長は呆れ顔をすることなく、上がった一尾を「大きいですよ」と言ってくれた。人生初のマグロは21kgのビンチョウマグロ(トンボ)だった。感無量である。自分の釣りもそこそこに、ずっと動画を撮ってくれていた啓兄も嬉しそうで、それでこちらも嬉しくなる。

しかしもう満足である。汗だくだし、こんな大きい魚を釣ったのは生まれてはじめてだから、満足するほかはない。しばらくは余韻に浸りながら、甲板で冷たい潮風を浴びる。利き手の左腕はもうパンパンである。

少し体力も回復したところで、次の流しが始まったのでまたジグを落とす。すると船長が「20mまで魚が上がってきます!」というので急いで巻いていくと……また食った!

最初から腕は限界なのだが、長引けば長引くほど不利になることもさきほど学んだので、今度は強引にいく。というか、そうしないとこちらがもう耐えられない。早く勝負を決めないといけない。

今度は10分かけずに取り込みに成功。先程よりは少しサイズは落ちるが、上出来である。上出来すぎる。

いよいよ体力は限界を迎えた。けれど、船長は変わらずいいポイントを流してくれているし、みるからに初心者の自分が少し釣ったからといってそこらで寝そべっているのも、感じが悪すぎる。痩身に鞭打って、もう一度ジグを落とす。が、本当に握力が限界を迎えているので、左手でロッドを握ることが出来ず、リールのハンドルを急遽左に差し替える。利き腕でない方の手で、ぎこちなくしゃくると、また一気に竿が絞り込まれた。

その重さが尋常じゃない。利き腕でないことを差し引いても、先程までとはまた違う重さに感じる。が、あまりに疲れていて、もう感覚がおかしくなっているのかもしれない。いずれにしても、利き腕でない右手では力が入らず、ポンピングもままならないので、隣の啓兄に渡してファイトを頼む。ハンドルをつけ変えていてよかった……。

ここまでの2尾のファイトを見ていた啓兄は、もっと強引にファイトしろと貧相な自分のファイトを見ていて言っていたのだった。この魚も、自分なら速攻片付けてやると言わんばかりにファイトに入るが、それでもびくともしない。全然上がってこない。啓兄も面食らっている。

本当に上がってこない。

結局30分ほどを(また)かけたが、姿を現したのは、大きなメバチマグロ。船長も「これはいいねぇ、50kgはあるよ」と言う。船中が注目する中、ギャフが入り、とうとう怪物は観念した。

その堂々たる美しい体躯には言葉を失う。他の釣り人からもおめでとうと声をかけられ、満ち足りた気持ちになる。エラワタ込みで54kgのモンスターだった。

初めてのマグロ釣りは出来すぎの結果だった。すべてレンタルタックルで、ウロコジグの250gがいい仕事をしてくれた。人生でこれを超える魚が釣れることはもう無いだろうから、今後の釣り人生においてもまた大きな一日になった。

その日は帰路につき、羽田経由でたっぷりと時間をかけて帰宅。シャワーを浴びながら、シャンプーしようとして左手が全く動かないことに気づいた。指が曲げられない。握力が完全になくなっている。そしてその翌日は、全身が筋肉痛に見舞われた。出場を予定していた関西クロス桂川への出場を取りやめたほどだった。

いい釣りをしながら、もう懲り懲りだとこのときは思っていた。しかし、筋肉痛が消え、日常生活の時々に、あの暴力的な引き込みを思い出している自分がいる。また全力であの綱引きをしたいという気持ちが沸々としているのも感じている。恐るべし、マグロ。