自転車で釣る韓国【ep2】コウライハスを射止めたDAY2

DAY1からの続き

異国の朝は、いつもすがすがしい。日常の些事から離れているからだろうが、目覚めの悪い朝というものがない。昨日はそれなりに自転車で距離を走ったし、まだ続く日程も長いため釣り師なのに早起きはしないでおいた。8:00ごろに目を覚まし、いそいそと支度を整えて宿を出る。

さぁ、今日からは思う存分自転車で走り、釣りをするのだ。ヤンさんと12:00に約束しているカフェは、ここから20kmくらいのところにある。見ると近くには川が流れている。まずは、ここまで移動しつつ釣りをして探ってみよう。生活必需品を下ろした自転車前日より軽く、乗り味は増す。

街中の川は全く反応がない。昨晩も少し頑張ってみたが、思い切って川を遡上した方が良さそうだ。川を遡るということは、山を登るということだ。まぁ少々の上り坂は、楽しみのうちである。

しばらく走り、カフェ近くまでやってきてよさげなポイントへアプローチ。流れの緩やかなインレットで、ここに魚がいなければどこにいるのよ、と言わんばかりのポイント。すると、きた! …何かがかかったが、反転一発、残念ながらバラし。昨日も釣れてくれたブラックバスかな……と思いつつ同じポイントを何度か通す。

もう一度きた! 今度は慎重にやりとり。いい引きだが、バスのような強引さはなく、すわソガリか!?と色めき立つも、水中でにぶい銀色が翻るのをみて考えを改めた。ぐいっと陸に引き上げるまでなんの魚かはわからなかった。果たして釣れたのはハス! バスではなくハス。自分がこれまで釣ったことのあるサイズとはえらく違っていて、30cm以上ある立派な魚体。調べると日本のハスもこれくらいの大きさにはなるらしいが、その威容にはシビれた。ほぼ止水のようなところにいるのも意外だったけれど、これはコウライハスだから、と自らに納得させ初めての一匹を噛みしめる。

日本語ではコウライハスに関する情報が少ないが、日本のハスよりも大きくなるということのようだ。

時計をみると間も無く正午。ヤンさんと約束のカフェに行くと、ずいぶんとスタイルのあるJEEPが停まっていた。屋根もない、無骨そのもののSUVに釣り道具が無造作に置かれている。この人もまた、ずいぶんと酔狂な趣味人に違いない。

そこは山あいの渓谷沿いにポツンとあるカフェで、走っていても交通量の消して多くはない道だが、ここでカフェを開こうとしたのはなぜだろうかと考えさせられる。おそらくは夏場などのハイ・シーズンがあって、その期間に多数人が訪れるのであろう。このエリアに人が来るのか、テーブルでランチを待つ間にヤンさんに尋ねると、「釣り人はね」ということであった。

なんでもこのカフェから見えている渓谷ダムでは、ソガリ釣り大会が行われているらしく、その筋の人には有名な場所なんだそうだ。それもあって、異国から自転車でやってきた青年をこの場所に連れ出してくれた、ということらしい。ランチは小洒落たカフェめしで、十分に美味しかった。

ヤンさんと四方山話に花が咲く。ヤンさんは高校の先生(理系科目)だそうで、地域では結構な有名人のよう。面倒見の良さというか、人好きのする感じは、先生といわれて腑に落ちる。教育機関系の仕事で日本も度々訪れたことがあるということで、ニュートラルな見識の広さは頼りたくなる懐の深さがある。

しばらくユースホステルをこの地で運営して、各地の若者が集まる場所を作っていたそうだが、その場所を昨年に改装して今は1組だけを受け入れる宿泊施設にしたとのこと。僕はその3番目か4番目くらいのお客さんだそうだ。冬の間はやはり訪れる人も少なく、これから人がどんどん来るだろうとのこと。

韓国南部の、山の中の小さな町にあって、どれだけの人が訪れるのかが気になった。これまで日本人のお客さんはいたのか、と聞くと女性のペアが来たことがあるそう。なんでも日本でもそれなりに有名な美少年アイドルグループのひとりの出身地ということで、聖地巡礼のように訪れる人があるのだという。日本からの来客はそう多くはないだろうが、まぁ自分程度が行ける場所で日本人が訪れたことのない場所なんてきっとないのだろう。

会計はヤンさんが払ってくれた。韓国では目上・年上の人が払うことが慣例であるとは知ってはいるものの、宿のホストということを考えると申し訳ない気持ちになる。郷に入れば、ということにする。ふとレジの女の子に話しかけられる。日本語だった。

テグに降り立ってから一切の日本語の回路が遮断してしまっていたので、いきなり日本語で話しかけられると何を言われたのが理解できず戸惑った。改めて話してみると、韓国の人が日本語を話す際に特有のチャーミングな発音を持ちつつも、彼女の話す日本語は完璧そのもの。聞くと数年前まで都内で製菓を学んでいたのだという。

彼女自身、日本語を話すのは数年ぶりということだったが、その発話には全く淀みがなく、それが彼女の過ごした東京での日々の長さあるいは密度を思わせるのに十分だった。なぜいまここに? という質問が喉まで出かかったが、それは異邦人の無邪気さをもってしても尋ねてはならないような気がして、ぐっと飲み込んだ。人がそこにいる理由というのは、いつでも不可避かつ不可逆的なプロセスの結果なのだから。

たったの2日とは言え気持ち的に使わなくなって久しい日本語での彼女とのひとときの会話は、お互いに借り物の言葉を使って話しているようでなんだか可笑しいのだった。ランチ中、ヤンさんと拙い英語で話しているのを見て、この人は日本人だと思ったのだそう。アジアの国では、母国語を話すより英語を話すことで日本人だと気付かれることがままある。台湾でも、ヴェトナムでもそれを経験した。

エンジン音を唸らせるヤンさんのJEEPでしばし走ると、湖畔の駐車場に出た。ちょっとした(ほんとにちょっとした)観光地になっているようで、いくつかの魚介系レストランが並んでいる。軒先に水槽が並ぶ光景は、韓国の水辺ではよくあるものだがそこにいるのはなんとソガリ!

ソガリは魚介鍋メウンタンの高級材料としても知られ、養殖も行われているという。少なくとも、水辺で生きたソガリを見ることができて、テンションは上がる。あとはこれが実際に釣れるかどうかだ……。

ダム湖へアプローチ。人造湖らしい急深な地形で、水質はクリア。ディープ系のシャッドを数投してみたところヒット!

いい引き味を見せてくれたのは、先ほどと同じくコウライハス。頭が大きくて格好良い。十分ゲームフィッシュとして成立するネイティブフィッシュだ。使用しているHuercoのXT511-Sも、国内のハスフィッシングを得意としているニッチな竿ということで、その辺りの相性の良さも感じる。

ソガリ狙いでもう少し底を狙おうと、シャッドテールのジグヘッドに変更。スイムの釣りでまたもやヒットしたのはコウライハス。かなり活性が高い。しばらく釣ってポイントを変更。アシの生えたエリアではスピナー、ワームで数匹を追加。ブラックバス、ブルーギルも混ざった。韓国にもギルがいるのね。

ヤンさんもハスをキャッチし、夕暮れランチをしたカフェでお別れ。ヤンさんのおかげでいい釣りができた。町まではほぼ下り坂。バイクで流しながら、今日の釣りを振り返る。前日にも思ったことだけど、バイク&フィッシュでは、この釣りが終わって家に帰るまでの時間、ペダリングをしながら1日を振り返る時間がなんて豊かなことだろう。ただの移動ではなく、夕暮れの街へとペダルを漕いで行くその時間も、この旅の味わいのひとつだ。

町をさまよって、現地の人でいっぱいの焼肉屋を発見。お一人様なのは寂しいけれど、いただいたサムギョプサルはすごく美味しかった。お店のお兄さんが、店を出るときに缶のコーラをくれた。旅人に優しい。こういう気遣いをもらうと、その人を超えてその町を、その国を好きになる。

走って釣って走って。いい1日だった。

DAY3につづく