専業選手、ついに戴冠。シクロクロスフランス選手権2018にもの思う 

この日曜日はヨーロッパ中で国内選手権が行われた。オランダはマチュー・ファンデルポール、ベルギーはワウト・ファンアールトと「順当」な選手が国を背負って世界選に赴くための切符を手にいれた。

4th consecutive national Elite title 🔥

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Wout Van Aert 👏🏻🇧🇪 . . 📸 @yefrifotos . . #Belgium #belgian #Champion #WoutVanAert #VanAert

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その中で、強く心に響いたレースはフランス国内選手権だった。写真が写し出したフィニッシュラインの勝者に笑顔は一切なく、涙でぐしゃり潰れた顔が印象に残る。だけどそれだけじゃない。勝ったのがスティヴ・シェネルだった、ということの意味こそが、この感傷的な気持ちの大元にあるのだ。

日本のシクロクロスファンにとって、シェネルは昨2017年のシクロクロス東京の勝者として覚えがあると思う。お台場の重馬場の砂を蹴散らして勝利をさらっていった、重戦車のような体躯のあの選手だ。ワールドカップでもそこそこ上位に顔を出す選手ではあったけど、それまでの年に鮮烈な走りを見せていたジェレミー・パワーズ(アメリカ)と比べると、決して日本での下馬評は高くなかったように感じる。しかし一度走り出すと、それが苛烈極まる北ヨーロッパのサーキットを生き延びてきたワールドカッパーの走りであることは一目瞭然。決してシクロクロス大国ではないフランスの、それも3〜4番手の選手でもこの走りをするのだ。本場欧州の、ワールドカップの選手層の厚みを垣間見た瞬間でもあった。

What a crossman, Steve Chainel at #cxtokyo . ストゥヴ・シェネルがやってきた。ワールドカッパーの走りここにありと言わんばかりの印象的なライド。CXの本場といわれるベルギーオランダとは較べるべくもないフランスの(とはいえ、どこだってこの両国に伍す国なんてないのだけれども)ライダー、仏語のシクロクロスメディアではこの数年、変わらず名前の挙がる選手であった。その主な理由のひとつが、シクロクロス専業の、自身のチームを立ち上げたこと。決してマイナーではないけれど、メジャーでもないフランスで、ロードレーサーとしてチームの中で立ち位置を築いていた選手が、CX専業に転換したことを、フランスのメディアは好意的に取り上げていた。フランスチームらしくなく(?)チームキットにGiroを採用したりと、目新しさもあり、ただジャージのデザインなどは欧州大陸的な野暮ったさもあり(CXでは必ずしもマイナスではない、とおもう)、ひとときなどはジョン・ガドレがチームに加わったりと話題性もあった。いつだったか彼のチームが拠点を置いている地域の地方紙か何かで読んだ、後進を育てたい、という目的でチームを立ち上げたという内容の記事はフランスのシクロクロス界に対する彼の危機意識が伺えるようで、やはり記憶の片隅に留まっていた。 実際走りを見てみると、もうまさしくワタクシの考えるプロパーなクロスマンの走りというか、太い体幹に支えられた重いペダルストロークの走りでぐいぐいバイクを進ませて行くスタイルに、ワールドカップを感じたのだった(生で観たことないけど…)ふだん映像で見るWCの上位陣のような繊細なテクニックではないものの、有無を言わさず押し切れるだけのパワー。単純に格好良く、無理だと知っているけれど、憧れを込めてその走りに自己を投影したくなるのは、プロのなせる技。こんな走りの選手が20人も出てるとしたら、やっぱり現地で観たくなるなぁ。。いつだっかパリ〜ルーベで、アランベールを猛然と駆け抜けていったプロトンもみんなこんな体格と走り方をしてた。そりゃあ、観て熱くならないはずがない。 ベルギーオランダと較べられないと書いたけれど、シクロクロス発祥国のフランスの復権も密かに楽しみにしている。その時に、シェネルの活動の意義が明らかになるかもしれない。自分の生きる道を進むライダー、格好いい。 Un crossman Français a surpris la ville de Tokyo hier à la plage d'Odaiba. Ça c'était une surprise promise en effet car lui, il vient de une terre où cyclo-cross a été conçu, de circuit plein de boue à Bièles, d'etroit ligne sable à Coxyde et de nombreux traces de Coupe de Monde. Il s'est imposé la course mais ce qui est plus impressionant est son état d'esprit d'être crossman, d'avoir l'amour sur cette faculité. Respet. #stevechainel #cxtokyo #cxjp #whatinspiresyou

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シクロクロス東京にシェネルを観に行った理由は、ただワールドカッパーの走りを観たかったからではない。2010年前後に熱心にロードレースを観ていた僕にとって、シェネルはまずロードレーサーだった。それも北のクラシックを走るような。同じくFDJのジャージを着ていた『ムッシュ・パリ〜ルーベ』フレデリック・ゲドンの存在もあって、石畳でフランスの威信を背負う彼らを半ば憧れて見ていたような気がする。

そんなロードレーサーとしてのキャリアを積み上げていたシェネルが、2015年にシクロクロス専業チームを立ち上げた、というニュースを見た時に、この選手の決意の強さを感じたのだった。同時に彼はプロ選手ではなくなり、後進の育成を目指すアマチュア選手となったのだった。当時のチーム名はクロスチーム・バイ・G4。Facebookページで情報を発信していた。フランスのチームとしては珍しく(比較的)シンプルでスポンサーロゴが少なめのジャージ、ヘルメットやシューズをアメリカブランドのGiroでまとめるなど見栄えのスマートさも印象に残る。

ただし、いくらヨーロッパの自転車大国フランスであっても、シクロクロス専業は困難な道のりのようだ。だからこそ、勇気ある決断をしたシェネルを讃える世論が形成されていたとも感じる。フランスは自転車強国ではあるけれど、シクロクロスのプロ組織は存在しない。テレグラム紙が伝えたところによると、先日のフランス選手権エリート男子に出場した選手のうち、プロの自転車選手はたったの1名のみだったという。シクロクロスでは食えないという現実がシクロクロス発祥とも言われるこの国にある。(このテレグラムの記事は大変に興味深いので後で引用していきます)

レースコースはブルターニュ地方の名所ケルヌック

フランスでも指折りに自転車競技が盛んな北西部ブルターニュ地方。今年のツール・ド・フランスのスタート地点になっていることからもそれが伺える。そして数々のチャンピオンを輩出してきたこの地域は、シクロクロス熱も高い。かつてはツールに勝つような選手が、シクロクロスのチャンピオンでもあったのだから……。とは言え、1947年のブルトン人総合優勝者にしてその後シクロクロス世界チャンピオンに輝いたジャン・ロビックの名前を出すのはいささか気がひけるけれど。実際、この日のコースにも大勢の観客がひしめいていた。やはり、シクロクロス国内選手権はこうでなくては。そして冬は天気が悪いことで有名なブルターニュ、ケルヌックのコースはテクニカルな泥となるのが恒例。この選手権も例外ではなかった。

このレースの優勝候補は圧倒的に、このサーキットで唯一のプロ選手であるクレマン・ヴァンチュリニ(AG2R)である。昨年の優勝者で、この1月1日から移籍したAG2Rのジャージの真新しいジャージの袖口には、誇らしげにトリコロールがあしらわれている。このジャージも、今日限りで着るつもりはなさそうだ。今日勝てばまた全身トリコロールのジャージを着ることができるのだから。一昨年くらいからワールドカップのサーキットで存在感を示しているヴァンチュリニは、近年ただ一人の、ベルギー・オランダ勢に割って入れるフランス人選手である。下馬評は彼の2連覇が大多数。

フランス選手権に先立って、今年ヴァンチュリニが初めてのグランツールに出場することが発表された。ジロ・ディタリア。

1月1日に、ワールドツアーチームに加入した登り龍がいれば、その逆もある。フランス選手権9勝、第一人者にしてベテランのフランシス・ムレは12月31日をもってプロコンチネンタルチーム、フォルトゥネオとの契約を終了。この1月1日からは地域のクラブに所属する一介のアマチュア選手としてこの選手権に臨んだ。同じく12月31日でフォルトゥネオを去ることになったアルノー・ジャヌソンもまた、同じ立場だ。かつてはグランツールをすべて走り、昨年の選手権で2位に入った彼でさえ、厳しい立場でこのレースに臨む。2人とも長くFDJに在籍し活躍を見せ、フォルトゥネオでキャリアを終えたことで共通している。

シェネルもまた、そうした「元プロロードレーサー組」のひとりだ。共にシクロクロスに来日し勝利を挙げた妻ルーシーの現役引退と別れを経て、キャニオンの新型シクロクロスバイクINFLITEをチームバイクに採用してからは好調を維持。12月に行われたフランスカップでは優勝を遂げ、好感触を掴んでケルヌックへとやってきた。

レースは序盤、ヴァンチュリニがリードする展開で、シェネル、ムレ、ジャヌソン、マチュー・ブロの先頭パックが形成される。いずれも優勝候補として名前の挙がる面々。積極的に前で展開しようとするヴァンチュリニだったが、走りにキレがなく2人で先頭に抜け出していたシェネルの飛び出しを行かせてしまう。この4周目、単独先頭に出たシェネルは迷いなく独走を開始。ここが勝負の分け目となった。

後続からはじりじりとポジションを上げたムレとジャヌソンがヴァンチュリニをかわし、2人でシャネルを追うもその差は詰まらない。ヴァンチュリニは結局ブロにも抜かれ、それきりこの日のレース前線へと戻ってくることはなかった。フランスチャンピオンのタイトルは3名のアマチュア選手によって争われることになった。

スリッピーな泥と、いやらしいキャンパー、緩斜面に設けられたシケインなどテクニックに加え、ランニング力も問うあたりは、広大な草原でシクロクロスを創始したこの国の伝統的なセットアップだろうか。バニーホップなどゆるさない、なんとか自転車を持ち上げてクリアするだけのシケイン越えが続く。そんな条件でも少しずつ独走態勢を築き上げていくシェネル。後ろでは泥に圧倒的な強さを見せるムレがジャヌソンを切り離し一人シェネルを追う展開。

ムレはやはりパワーコースだった2014年のホーヘルハイデの世界選手権で序盤から一人逃げを打ち、あわや世界チャンピオンかという走りが記憶に残る。より個人的な記憶を手繰ると、現地で観戦した2008年の世界選手権。イタリア・トレヴィーゾで見たフランスナショナルジャージを着るムレが、その数十分後に優勝することになるラルス・ボームと一緒に先頭で逃げていた記憶。その時と変わらない、コンパクトな、少し腕を張ったような独特なフォームと、他の選手とは違うライン取り(このあたり、スヴェン・ネイスと同じ時代の選手だという感じがする)で盟友シェネルを追う。共にかつて同じチームに所属し、シクロクロスに情熱を燃やすという点で二人の友情は繋がっているのだという。

先頭のシェネルには、シクロクロス東京で見せた余裕ある走りはない。クラシックの選手らしい隆起した肩、筋骨隆々と表現するのがふさわしい上半身をコンパクトに畳んだフォームこそ東京で見せたそれだが、時折映し出される表情は苦痛に歪む。フランス選手権ではこれまで3度の2位と表彰台に届きこそすれ頂点を知らぬシェネル。そのうち2回で、表彰台の真ん中に立ちはだかったムレが追ってくるのだから心理的なプレッシャーも大きい。2015年のフランス選手権でムレは、すでに自力では勝るだろうヴァンチュリニを見事に封じ、9度目の優勝をもぎとった、そんな強さのある選手であることを、フランスのクロスマンであれば誰でも知っている。まして、それが同じサーキットで苦汁をなめされ続けた盟友であれば。

しかしこの日、2人のベテラン対決となったフランス選手権は、シェネルの勇気が勝った。勝利の女神がスティブ・シェネルに微笑んだその瞬間、シェネルの顔に笑みはなかった。歓喜の号泣と力強いガッツポーズが、曇天のブルターニュに冴えわたった。キャニオンのバイクが天に掲げられる。国内のシクロクロスシーンを盛り上げることに人生を捧げた男が、悲願のタイトルを獲得したことの意味はサーキットの誰もが知っていた。

そして2位に入ったムレもまた、バイクを高々と上げてゴールした。10勝目はならなかったが、アマチュア選手としてのキャリアを進むことになった彼にとってこれはひとつの勝利であったし、シェネルが道を切り開いたことは大局的に見れば、フランスのシクロクロスの勝利であったのかもしれない。歓喜を爆発させるシェネルに寄って行き、敬意をもって勝者を称えたその姿は、紛れもなく偉大なチャンピオンの姿だった。実況もムレのゴールする瞬間にこう告げた。『ムッシュ・シクロクロス!』と。最大限の賛辞である。

そもそも、こんな文章を書こうと思ったのはひとつのツイートを見たのがきっかけだった。

「気概と情熱に溢れた、人生をシクロクロスに捧げた34歳の男が涙の果てに国内タイトルを獲得するのを見ることは、ただ素晴らしい! 不満を言うことなんて無いのだ。フランスにはMVDPもファンアールトもいないが、シェネルがいる! 幸せなことだ」

普段は自転車関連のおちゃらけた投稿が多い @DansLaMusette が、誠実な称賛を送るにあって、この勝利のエモーショナルな部分が浮き彫りになる。

絶対的な優勝候補だったヴァンチュリニは、自らの敗北を噛み締めながらも勝者を称える。彼もまた、ひとりのチャンピオンなのだった。

「流れていく年々は、同じにはならない。ラルナヴィリの2017年はずっと覚えているし、ケルヌックの2018年は消し去りたい。よいシーズンを過ごし、もっとも美しい勝ち方で栄冠に輝いた新しいトリコロールジャージの着用者、 @chainelsteveに賛辞を送る。」

フランスのシクロクロス界を今後牽引していくであろうヴァンチュリニだが、一方でプロ選手としてシクロクロス専業の難しさも覗かせる。前述のテレグラム紙が伝えたところでは、ヴァンチュリニのクロスシーズンはこれで終了。来るロードシーズンに向けての調整に入るという。先の記事の主題は『プロはどこへいった?』。

「ワールドツアーで結果を出そうとして、同時にシクロクロスでも、というのは簡単な話じゃない。今日では、プロチームにクロスマンがいることが重荷になってしまうんだ。(U23時代に)フランスナショナルチームで一緒だった選手はほとんどみんなプロになってしまった。僕だけがまだシクロクロスをやっている」

ここで触れられている「一緒だった選手」には、ジュリアン・アラフィリップも含まれている。2012年にここケルヌックでフランスジュニアチャンピオンに輝いたアラフィリップがロードでどれだけの成功を収めているかを考えると、フランスのシクロクロス界がタレント不足にあえぐのも無理のない話ではある。

同記事内でフランシス・ムレは国内の問題をこう語る。「フランスで残念なところは、若い選手がエリートカテゴリーに上がった時にその受け皿となるプロへの道が準備されていないこと。だから生活のためにみんなロード選手になってしまうんだ」

シェネルの勝利が、もたらすもの

感動的な新チャンピオンの誕生が、フランスのシクロクロスに何をもたらすかはわからない。けれども、後進の育成を志しシクロクロスチームを立ち上げ、マネジメントをこなしながらアマチュア選手として頂点に上り詰めた意味は小さくない。しかもシェネルには、ユーロスポーツで解説を務める才能もある。意思ある行動が切り開いた道筋、そしてこれから歩んでいく道のりは、極東の島国のシクロクロスファンにとっても興味深く、また未来を照らすものになる。

来る2月5日、オランダで開催されるシクロクロス世界選手権にシェネルはフランスナショナルジャージを着て出場する。ベルギー・オランダ勢に割って入ることは難しいだろうが、テレビに映らない場所にも闘いがあるのは言うまでもない。ムレが世界選の代表選外となったことで、この34歳にかかる期待はより大きなものとなる。

そしてもし、フレンチトリコロールを着る彼を東京で見ることができたなら、その時は笑顔であの砂浜を駆け抜けていくのだろう。

ユーロスポーツの同僚ジャーナリストのツイートを最後に紹介。

「君がそれを夢見て13年……僕たちに何度も話してくれたっけ。本当に夢見ていたね。君はこの栄誉に値する。ブラボー、友よ!」

2018シクロクロスフランス選手権エリート(動画)

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